親が加害者で自分が被害者なのに

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親が加害者であり、自分が被害者であるにもかかわらず、親は今まで通りの生活を送り、自分だけ保護という名で隔離(かくり)され、環境を移らされるのはおかしいと感じる。 大人同士で事件が発生した場合、加害者は刑務所に入れられ、被害者はいつも通りの生活を送れるのが普通であることを考えれば、自分の場合は完全にあべこべでりふじんさを感じる。 かずま 中学3年生
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先輩たちからのメッセージ

「同じ経験した。これからの人生を自由に生きたい」
まなみ/児童養護施設・里親家庭経験
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似たような状況なので気持ちがよくわかる。
未成年者って不利だなと思った。
今私は親や親せきを完全にしゃだんしていて、住所や大学も教えていない。
かんしょうしたがる大人たちをしゃだんして、自由に自分の人生を生きることが自分なりの制裁(せいさい)だと思ってる。
そんな風に折り合いをつけて納得していくしかないのかなあと思った。
「私は、苦しさを他のことに置き換えています」
はると/児童養護施設経験、大学1年生
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ほんとにその通りだと思います。
私も同じような境遇(きょうぐう)だったのでその気持ちがすごく分かります。
すごく、りふじんですよね。
私はそんなとき、未来志向で物事を考えていました。
嫌なことを忘れるというわけではありませんが、たくさん友達と遊ぶとか、めちゃくちゃ本気で部活にはげむとか、今までにないくらい勉強を頑張ってみるとか。
過去にあったことは正直何も変わらない。
自分が大人にならなければならない。
だからこそ本気で何かに打ち込んだり、楽しんで過去の苦しみを他のことに置き換えるのが大事だと思います。
「苦しみ力に、前に」
なつき/里親家庭経験、大学2年生
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正直、社会的養護の世界だけではありませんが、りふじんなことはよくあります。
りふじんなことをしてくる人間を変えようとしてもその人たちは変わりません。
なげくのは個人の自由ですが、いつまでもなげいていても何も変わりません。
確かにとても辛いことだと思います。
そんな中でたえるということは、それ自体もりふじんですが、時にしなくてはいけないことです。
あなたのその苦しみを糧(かて)にしてどれだけ自分が前に進めるかというのが大事な部分です。
「いま、あなたは守られている」
たかし/児童養護施設経験、社会人
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確かに、加害者である親が普通に今までの生活を送っていることにりふじんを感じますよね。
しかし被害者であるあなたの環境を変えることで、これから起こるかもしれない被害をおさえることにつながっています。
守ってくれていると思えば少しは気が楽になるかもしれません。
 

大人からのメッセージ

「その気持ち、遠慮せずに声にして」
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こうした状況は、とても複雑で感情的に難しいものであり、つらい気持ちやりふじんさを抱くのは当然のことだと思いますし、法律や道徳的な考え方から見ても、筋が通らず、不公平です。
虐待など親が加害者であるような場合、被害を受けたこどもの声を大切にしながら、その安全と健康などの全体について、あなたにとって最もよいことを最優先に考えて、支援をすることになっています。
しかし、納得ができないなどの不満を感じている場合には、信頼できる大人や専門家に相談し、受けとめ続けてもらいながら、自分の安全と幸せを最優先に考え、適切なサポートを受けることが大切なのではないでしょうか。
そうした気持ちはためておかず、遠慮せずに声に出して吐き出し、人に聴いてもらうことが必要だと思います。
「理不尽さ、無念さ、苦しさが伝わってきます」
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こども虐待などにより親子でくらせなくなった体験、措置された体験を表現しているのですね。
「親は加害者、子どもの自分が被害者」。
なのに、なぜ自分が家庭環境から離れ、親はその地域・家庭で生活を続けているのか。
なぜ自分は新しい環境での努力を強いられるのか。
どうにもならない、けれども知ってほしいというあなたの「さけび」から、りふじんさ、無念さ、苦しさが伝わってきます。
社会的養護の領域で働く関係者の一人である私は、あなたの葛藤を、社会へのスピークアウト(意見表明)として受けとめました。
私は、児童相談所に一時保護されているこどもたちの言葉として、まさに同じ思いを聴いたことがあり、何人もがこうした思いをされているのだと受けとめています。
親が家庭にいなくなれば、自分は慣れ親しんだ家庭環境で生活し続けられたかもしれないとの思いは、わかる気がします。
それだけ、失ったと感じること(人や場、物、その場で生活していたら経験していたであろうこと、地域でのいろいろな人との人間関係など)があったということですね。
ただし、あなたを一人だけで家に残し、親たちを家庭から離すのでは、家庭にこどもだけで置き去りにすることになり、社会がこどもを守る責任を放り出すことになってしまいます。
なので、その選択肢をとることは難しいでしょう。
一方、あなたの場合はわかりませんが、こどもを虐待した「親」たちの生活歴・こども時代をみていくと、親もまた、そもそも親世代からの「加害」を経験した「被害」の側である場合があります。
社会が生み出した課題です。
このことも社会が受けとめる必要がありますね。
あなたは身近な大人と、こうした思いを話せていますか。
ぜひしっかりと発信し、受けとめてもらってください。  
そして聴いてもらったことを出発点とし、あなた自身の人生のために、これからどのように進んでいくことができるか、幸せに向かうにはどんな選択肢があるか、ともに考え応援してもらう体験をぜひ得てください。
それらを通して、これからに気持ちを向け歩んでいただきたいです。